前橋地方裁判所 昭和39年(行)3号 判決 1967年11月28日
原告 市川善三郎
被告 群馬県知事
訴訟代理人 板井俊雄 外六名
主文
原告の請求はいずれもこれを棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事 実 <省略>
理由
一、本件土地がもと原告の所有に属し、昭和二三年三月二日自創法第三〇条に基づく買収処分によつて国にその所有権が移つたこと、ついで昭和三九年二月一四日本件土地について農地法第六二条に基づく土地配分計画が作成され、同年七月二一日被告は同法の規定に基づき本件売渡処分をしたことは、当事者間に争いがない。
二、被告は、原告が本件売渡処分の無効であることの確認を求める利益を有しない旨主張する。しかし、農地法第八〇条第一項は、農材大臣は、同法第七八条第一項の規定により管理する土地(したがつて同法第四四条第一項の規定により国が買収した土地を含む)について、政令で定めるところにより自作農の創設又は土地の農業上の利用の増進の目的に供しないことを相当と認めたときは、省令で定めるところにより、これを売り払うことができる旨を規定し、同条第二項は、農林大臣は、前項の規定により売り払うことができる土地が同法第四四条の規定により買収したものであるときは、政令で定める場合を除きその土地を買収前の所有者又はその一般承継人に売り払わなければならない旨を規定している。そして農地法施行令第六条は、自創法第三〇条の規定により買収した土地は、農地法第八〇条の適用については、農地法第四四条第一項の規定により買収したものとみなしている。右農地法第八〇条の規定のおかれた趣旨は、農地法または自創法による買収は、自作農の創設または土地の農業上の利用の増進の目的に供するため私有財産を強制的に収用するものであるから、右の本来の目的に供することが不相当となつたときは、これを旧所有者の所有に復帰せしめることが、公共の用に供するためにのみ私有財産の収用を認めた憲法第二九条の趣旨に合致するためであると考えられる。そうすると、買収土地を政令で定めるところにより自作農の創設または土地の農業上の利用の増進の目的に供しないことを相当とするに至つた場合にあつては、農林大臣は、その管理する右土地につきその旨の認定をした上で、これを旧所有者に対して売り払わなければならない義務を課せられているものというべきであつて、その反面、買収土地の旧所有者は、このような売払を受け得る利益を法律上保障されているものといわなければならない。しかるに、農林大臣が農地法第八〇条第一項所定の認定をし、同条第二項により買収前の所有者に売り払うべき土地について、これをせずに、売渡処分がなされるに至つた場合には、買収前の所有者は、右売渡処分が無効であることの確認判決を得て、売払を受け得る地位を回復する法律上の利益があるものというべきである。売渡処分がはたして原告の主張するとおり無効であるかどうかは、原告の請求が理由があるかどうかの本案の問題であつて、訴えの利益とは関係がない。なお、原告は先になされた買収処分について、その無効であることを主張するものではなく、かつ本件土地について農地法第八〇条による売払の認定、これに基づく売払が原告に対してなされていないことは、被告の明らかに争わないところであり、原告はいまだ本件土地の所有権を取得していないから、本件土地の所有権を有することを前提とする現在の法律関係に関する訴によつては、前記法律上の利益を回復することができないし、他に現在の法律関係に関する訴によつて、適切にその目的を達しうる方法も考えられないから、原告は、本件売渡処分が無効であることの確認を求めることが許されるものというべきである。
三、原告は、本件土地はその自然的条件において農地とするに適しないから、本件売渡処分は違法である旨主張するので、この点について判断する。
本件土地は、標高一、二〇〇米を超える高地であること、その月平均気温が五月一〇・五度、六月一四・六度、七月一八・九度、八月一九・六度、九月一五・七度であることは、当事者間に争いがない。農地法施行令第四条は、買収する土地の条件として五月から九月までの月平均気温の平均が一三度以上であることを要求しているが、右事実によれば、本件土地の五月から九月までの月平均気温の平均が一三度を超えることは明らかであり、本件土地は同条の気温に関する条件に違反しないものといわなければならない。
原告は本件土地の多くが傾斜三〇度を超えるものであると主張し、被告はいつたん本件土地のうちには傾斜三〇度を超えるものがあることを認め、のちに右陳述を撤回してこれを否認したのであるが、証人綿貫得十郎の証言によると、本件土地は、その傾斜度の最も大きい個所にあつても八・四度ないし九度にとどまり、すべて一五度以下であつて、傾斜三〇度を超えるような場所はないことが認められる。したがつて、被告の右自白は真実に反し、かつ錯誤に基いてなされたものと認めるを相当とするから、右自白の撤回は有効というべきである。
そして、<証拠省略>を総合すると、次の事実が認められる。 本件土地を含む通称本白根地区においては、本件土地以外の土地に本件売渡処分に先き立つて、昭和二六年頃から昭和三〇年頃までの間に入植がなされ、直に開墾に着手され、本件売渡処分当時においてはその総てが開墾を了していること、これら入植農象は主力を酩農におき、開墾地の大部分を牧草の裁培に用いているが、その一部分で殻類、蔬菜類の裁培をしており、殻類、蔬菜類の裁培、収穫も不可能ではないこと、本件土地一二町近くについても宅地、道路敷として売渡のなされた土地のほかは、売渡後約二年以内に樹木の伐採を終えてその開墾を了し、そのうち約九町余りで牧草その他牧牛の飼料用にあてる殻類等を裁培し、他の二町四、五反で自家消費用ならびに販売用の蔬菜類等を裁培し、酩農を主とする経営を行つていること、綿貫得十郎、綿貫良夫、永井喜太郎等が、このような経営方法をとつているのは、土地が低温であるため殻類、蔬菜類の収穫期が制約されるのに対し、酩農は一年中収入が確保され経営として有利であるためであること、将来このような経営方法により右三名の経営は採算が立つ見込であること、本件土地については、昭和二八年頃および、昭和三六年頃に開墾して農地とするに適するか否かの観点から土壌調査を含む総合的調査が行われたが、その結果本件土地および附近の土地は、リン酸吸収度が高くかつ土壌の吸水性が低いが、これは、黒色火山灰土壌であることによるもので、このような短所があるものの、肥培管理を適切にすれば本件土地を農地として利用することの障害とはならず、その肥培管理も経済上甚だしく不利益なものではないことを認めることができる。
本件土地を昭和四〇年三月九日に撮影したものであることに争いがない甲第一二号証の一ないし一二は、右の認定を妨げるに足る資料とはならない。そして、証人山口禎三郎、同山本寅二郎、同宮崎準二郎、同山田一郎の各証言および原告本人尋問の結果のうちには、本件土地はこれを農業に利用することは不適当である趣旨の供述があるが、これら供述は、前掲各証拠に照らし措信し難い。また、本件土地については、その近隣の土地が昭和二六年から三〇年までの間に売渡がなされ、入植、開墾に着手されたにもかかわらず、昭和三九年二月一四日に至つてはじめて土地配分計画が作成され、同年七月二一日に売渡がなされたことは、当事者間に争いがないが、証人竹恭治、同吉田金重、同吉沢誠の各証言および弁論の全趣旨によると、このように本件土地の配分計画の作成および売渡が遅滞したのは、入植希望者が必ずしも多くなく、他方では入植を希望する者に対し、本件土地を観光用地、観光施設用地として利用しようとする者から、入植しないようにとの説得ないし強い要請がなされ、そのため、入植希望者が入植の意思をつらぬくことを躊躇するに至つたという事情によるものであることが認められるから、右本件土地の売渡が遅延した事実をもつて本件土地がその自然的条件において開墾して農地とするに適しないことを推認せしめる資料とすることはできない。その他前記認定を左右するに足る証拠はない。
原告は、本件土地は開発して農地とするに適する土地として売り渡されたものであるが、農地とするに適する土地とは、耕作の目的に供されるに適する土地をいうものであるところ、本件土地はその地質・気温等の自然的条件から殻類、蔬菜を裁培し得ず、わずかに家畜の飼料たる牧草を採取し得るに過ぎないのであるから、耕作の目的に供されるに適せず、農地とするに適しない旨主張する。
しかし、本件土地においては、時期的な制限はあるにせよ蔬菜類等の裁培が可能であり、現にその約二割は蔬菜類等の裁培に使用されていることは前記のとおりである。のみならず、本件土地の残りの部分は牧牛の飼料とするため牧草の裁培に用いられているが、農地とするに適する土地とは、土地に労働を加え、播種、施肥、その他その育成のためにする作業を行つて作物を裁培するに適する土地をいうのであつて、ここにいう作物を直接に人の食糧に供される植物に限定する根拠はなく、直接たると間接たるとを問わず広く人の生活の用に供するに足る植物を含むものといわなければならない。そして、前掲証拠によると、本件土地において牧草を採取するについては、整地、排水の作業をし、牧草の種を播種して肥料を施す等その育成のために必要な作業を行つており、右のような作業をすることなく、ただ単に自然に生ず牧草を採取しているに過ぎないものではないことが認められる。これらの事実から判断すると、本件土地が「作物の裁培をなし得る土地」である点に疑問の余地はない。
よつて、本件土地がその自然的条件において農地とするに適しない旨の原告の主張は理由なく、原告の前記主張はその前提を欠き、採用することができない。
四、原告は、本件土地を農業のために利用することは国土資源の利用に関する総合的見地から適当でなく、観光用ないし観光施設用として利用すべきであるから、本件売渡処分は違法である旨主張するので、この点について判断する。
本件土地が草津町の街の入口およびその附近に位置し、かつ近時草津町が観光地として発展をしていることは当事者間に争いがなく、草津町の街区およびその附近において観光施設用地の需要があり、観光施設を設けることによりかなり大きな利益を得る見込のあることは、原告本人尋問の結果によつて認めることができ、また、本件土地が上信越高原国立公国の普通区域に属することは、成立に争いがない乙第八、九号証によつて認めることができる。
他方、自創法創設当時ないし本件土地の買収がなされた当時に比して、本件売渡処分がなされた当時においては、国内における食糧事情は著しく好転したのであるが、これは外国よりの食糧輸入に依存するところが多いことは当裁判所に顕著な事実であつて、本件売渡処分当時にあつても耕地造成ないし健全な自作農を創設維持する必要は依然存在したものといわなければならない。そして、本件土地は、その自然的条件において開墾適地たることを失わないものであり、かつ、現に農地として耕作の用に供せられていることは前記のとおりであり、その自創法第三〇条に基づく買収が適法であることは、原告の争わないところである。
以上の事実より判断するに、本件土地を観光用地ないし観光施設用地として利用することなく、開発して農地とし、自作農の創設、農業上の利用の増進の目的に供することが、国土資源の総合的見地から適当でないとはいえない。したがつて原告の前記主張はその前提を欠き採用することができない。
五、原告は、本件土地は、その自然的条件において農地とするに適せず、またこれを農業のために利用することは、国土資源の利用に関する総合的見地から適当でなく、しかも農地法施行令第一六条第一号に該当するから、農林大臣において遅滞なく同法第八〇条の規定に基づき売払の認定をなすべきものであり、被告はこの事情を了知し、または容易に了知し得べかりしであつたにも拘らず本件売渡処分をしたのであるから、本件売渡処分は無効であると主張する。
しかし、本件土地が農地法施行令第一六条第一号に該当するとしても、農林大臣は、その故をもつて直ちに同法第八〇条の売払の認定をしなければならない訳のものではなく、自作農の創設又は土地の農業上の利用の増進の目的に供しないことを相当と認めない限り、これを右目的に供することができるものといわなければならない。本件土地がその自然的条件において農地とするに適しないわけではなく、またこれを農業のために利用することは、国土資源の利用に関する総合的見地から適当でないとはいえないことは、前記のとおりであるので、農林大臣が本件土地を自作農の創設又は土地の農業上の利用の増進の目的に供しないことを相当と認めなかつたことが、裁量の範囲を逸脱した違法な措置であるということはできない。したがつて原告の右主張は理由がない。
六、原告は本件売渡処分のうち、訴外綿貫得十郎、同永井喜太郎および同綿貫良夫に対する売渡処分は、これらの者は農業に精進する見込みのある者に該当しなかつたから違法である旨主張するので、この点について判断する。
(一) まず訴外綿貫得十郎、同永井喜太郎についてみるに、各成立に争いがない乙第一号証、同第三号証、証人綿貫得十郎、同永井喜太郎の各証言によると、同人らは戦後間もなく群馬県吾妻郡中之条町所在の伊参開拓地に未墾地の売渡をうけて入植し、以後同地で農業に従事していたこと、もつとも同人らは昭和三六年には、右開墾地を売却し、入植をやめたが、これは同開拓地が過剰入植地であつたため、その開拓事業の指導にあたつていた県開拓課当局の離農勧奨によつたものであつて、同人らが当時営農の意思を放棄して離農したことによるものではないこと、同人らは本件土地に入植して以来熱心に酩農、耕作に努めていることを認めることができ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
(二) 次に、訴外綿貫良夫についてみるに、同人に営農の経験がない旨の原告主張の事実は、被告においていつたんこれを認め、後に右陳述を撤回してこれを否認したのであるが、成立に争いがない乙第二号証、原本の存在ならびに成立について争いがない同第五号証、証人綿貫良夫の証言によると、訴外綿貫良夫は別紙目録5ないし11の土地の売渡をうける以前において、その生家の家業であつた農業に従事していたことが認められる。したがつて前記自白は真実に反し、かつ錯誤に基づいてなされたものと認めるのを相当とするから、右自白の撤回は有効であるというべきである。なお、同人の証言によれば、同人は本件売渡処分の後において、土工等をしたことがあるが、右は冬期等において本件土地における酩農、耕作の余暇を見てしたものであり、本件土地の入植を放棄したものではなく、同人は引き続き本件土地において熱心に酪農、耕作に努めていることを認めることができ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
(三) 原告は、右三名は、本件土地に対し観光施設用地等としての需要が大きいところから、訴外高島照治と相い通じて、本件土地に入植してその所有権を取得し、後に他に転売して暴利を得ようとしているのであり、真に農業に精進する意思はなかつたと主張する。
しかし、<証拠省略>を総合すると、本件土地は、同様に未墾地として買収された近隣の土地が売り渡された後においても、売渡がなされずに保留されていたのであるが、観光施設用地としてその立地条件が適当であるところから、旧所有者である原告を含む草津町々民の間には、本件土地を入手してこれを右用途に用いようとする動きがあり、土地配分計画の作成、売渡の事務にあたる県当局に対し強力な陳情がなされ、両者の間に接衝が行われたこと、もつとも、この間草津町民内部において、右施策の具体化について、必ずしも意見が一致せず、原告の個人所有とせずに町有地ないし公共用地として本件土地の払下を受けるべきであるとする意見も強く主張されたこと、本件売渡処分当時群馬県開拓審議会委員兼群馬県議会議員の職にあつた訴外高島照治は、本件土地は観光施設用地として利用することが得策であるという意見を持つており、本件売渡処分に関する手続が進められている間に、原告に対し本件土地の売渡を受けた者からこれを買い戻す等の方法で入手する措置を考慮するように促すところがあつたこと、右高島と売渡の相手方の一人である訴外綿貫得十郎とは面識のある間柄であつたことを認めることができるけれども、右事実からはいまだ本件売渡処分の相手方たる前記三名の者において原告主張のような意図を有していたものと推認することはできない。また前掲証拠および各成立に争いがない甲第六、七号証の各一、二によると、従前草津町所在の農地を観光用地に転用のため売却するにあたつて、容易に群馬県知事の許可がなされた事実が認められるが、この事実からも直に前記原告主張事実を推認することはできない。他に右原告主張事実を認めるに足る証拠はない。
(四) 右事実によれば、右三名の者はいずれも「農業に精進する見込みあるもの」に該当していたものと認められる。したがつて本件売渡処分は農業に精進する見込みのある者に該当しない者に対してなされたから違法である旨の原告の主張は理由がない。
七 別紙目録進行番号18と19の土地が、右二筆以外の本件土地の農耕のために用いる道路の敷地として、訴外綿貫得十郎、同綿貫良夫、同永井喜太郎および同奥山健造に対し売り渡されたことは、当事者間に争いがない。しかし、右二筆以外の本件土地の売渡が違法でないことは前記のとおりであるから、右二筆の売渡が違法であるとする原告の主張がその前提を欠き理由なきに帰することは明らかである。
八 よつて、本件売渡処分が無効であることの確認を求める原告の本訴請求は、すべてその理由がないから失当としてこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 川添万夫 安井章 北村恬夫)
目録<省略>